先月描き終えた<モナ・リザ>毎日掛けるソファーの正面に置いていて、誰もいない部屋でお見合いしてると妙な気分にもなります。
私はレオナルドか?なんて思いながら、これから彼の未完成作の作品を全て、私なりの感覚で描きこんでみようかななどと思う毎日ですが、いまだにモナ・リザが頭から離れません。
今日も図書館で見つけてしまいました。「モナ・リザ 私が描かれた理由」岡庸子著(出窓社2007年3月初版)の本を借りてきて読みました。
またお会いしましたね。
あなたとは、これまでにいろいろな場所で何度もお会いしてきました。そして今、私の思いを込めたこの本を手に取ってくださって、とてもうれしく思います。
あなたとは、これまでにいろいろな場所で何度もお会いしてきました。そして今、私の思いを込めたこの本を手に取ってくださって、とてもうれしく思います。
ルーブル美術館には古今東西の素晴らしい芸術作品が集められていて、30万点を超える美術品が所蔵されています。
そのなかでも私は一番の呼び物にされていて、周囲を頑丈なガラスで護られ、特別な場所に展示されています。私の前には私を一目見ようと世界中から集まってくる人びとでいつも山のような人垣ができています。
という優しい書き出しに始り、著者が気がついたモナ・リザはダ・ヴィンチの自画像ではないか?こんなダ・ヴィンチ本人説を提唱した内容が書かれている。
このことについては、1986年アメリカの研究者もダ・ヴィンチ本人説を主張している。内容は関連記事をご覧下さい。 http://blogs.yahoo.co.jp/atoriemimiran/37909151.html
著者はこの決め手を、モナ・リザの顔に描かれた突起物だという。絵に向かって右側(左目と鼻筋の間に薄く突起物がある)にある突起物に注目している。
普通ならば女性の顔にある傷やイボなどは、本人が最も気にしているものですから、画家はそれらを取り除いた形で描くのが普通です。
一方レオナルドの顔にも、若い頃から右目と鼻との間に少し突起したものがあり、それが歳とともに盛り上がって目立つようになってきました。
こうして生涯自分の顔とともにあったもの、いつも気にしていた目障りな突起物をレオナルドは人生の最後に「モナ・リザ」に描き、自分自身である事を証明して見せたという著者のご意見です。
私が模写したモナ・リザには、この突起物は長い年月を得て絵具が剥離した結果じゃないかと解釈し、あえて描きませんでした。