泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

ミュージシャン

時代おくれ


時々1年前の今日は何をしてたか?ブログで探ることがある。

この曲を聞いていました。昨年は河島英五さんが37歳の時のシーン、ピアノ弾き語りで歌っていましたが、今日はオーケストラをバックにかっこよく歌を聞かせてくれます。

今日はテレサ・テンの命日

今日はテレサ・テンの命日。テレビ番組の一覧を見てると「テレサ・テン特集」が組まれている。
なぜか昨年も彼女の命日を話題にしていました。

時代おくれ


YouTube 河島英五(37才) 時代おくれ
昭和20年30年代の写真をモデルにノスタルジックな絵を描いていると、
 
こんな曲を口ずさみたくなります。
 
 

今日はテレサ・テンの命日


??君 - 香港 HongKong(日?)
今日はテレサ・テンの命日だったのですね。
 
夕方BS-TBSで「テレサ・テン生誕60周年スペシャル」という番組を見てました。
 
今から20年前、中国へ単身赴任で仕事をしてた時、私がよくカラオケで歌った曲はテレサ・テンの曲でした。
 
妙に哀愁があって、しかも男と女の関係、神妙に真実をつく歌詞とメロディーは単身赴任の心を慰めるどころか、この苦しさに負けまいと自己奮起したものでした。
 
番組の流れからして、ヒット曲「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」「ワインカラーの記憶」「別れの予感」そして最後が天安門事件直後に歌われたテレサ・テンの思いがこもった「香港」。
 
良い歌でした。でも歌詞の内容に今となっては最後の予感を感じます。
 
他国の政治問題には触れたくないのですが、テレサ・テンも言っていました「私は中国人です。どこへ行っても中国人です。誰でも自由になれる権利はあるのです。中国がいつか誰もが自由に発言できる国に変わるように願っています。」
 
それ故に、天安門事件の結末には嘆きがあったのでしょうが、中国の自由化を各地で呼びかけていたことは印象的でした。
 
天安門事件、あれから25年たってもいまだ変わらず。
 
 

岡崎ジャズストリート2012での路上ライブ


岡崎ストリートジャズ2012TRUTH.mp4
先ほど記事にしました「岡崎ジャズストリート2012」の中で、ひときわ目立った存在のアマチュアミュージシャン「D3」、ラストはどこかで聞いたことのある曲。アンコールにも同曲を演奏されて、最後に2回もこの曲を聴くことが出来ました。
 
初めに2年前に結成したグループで、グループ名が「D3」と紹介挨拶があり、彼らはトヨタ自動車でデザイン関係の仕事をしている仲間だそうです。カッコよかったですよ。
 
家に帰ってから曲名を調べたら「TRUTH」だそうです。

Petula Clark


Petula Clark - Downtown
昨日、昔ペンパル(ペンフレンド)だった懐かしい手紙や写真を見つけ、過去に慕っていたらこの曲が脳裏に浮かんできました。
 
ペンパルなんて言葉は、今や死語でしょうが、当時知らない外国の友人を作ることは、夢の実現でとても誇らしく思えたものです。
 
手紙に書かれた綺麗な英文字、かすかに匂うアメリカのいい香りが開封した時、便箋から感じられました。
 
今のように、メールで簡単に交友できる時代とは異なった青春の思い出です。

Peggy March


夢みる17才 Mit 17 hat man noch Tr�・ume(Japanese)
Peggy Marchの日本語で歌う「夢みる17才」が高校生だったミーミーランには夢多き青春の思い出です。

Peggy March


Peggy March - I Will Follow Him
ミーミーランが17歳のころでしたか、ビートルズに影響されつつも、やはりアメリカに憧れかありました。
 
高校生の時にクリスチャンでもないが、日曜英会話学校に通い、宣教師の娘マリアに憧れを抱いていた時のことを思い出します。

大塚博堂


ダスティン・ホフマンになれなかったよ 大塚博堂
今、不意に昔大好きだった「大塚博堂」の名前が浮かんできた。
我らが青春時代の懐かしい歌声、彼の声の響きが大好きでした。
 
残念ながら早くに亡くなられたが、今もその存在は私にとって忘れることが出来ません。
 
1972年(昭和47年)に「大塚たけし」名義で歌手デビューするものの、不発。その後クラブでの弾き語りの活動などが評判になり、1976年(昭和51年)6月26日、『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』で32歳での再デビュー。これが評価され、遅咲きながらも『めぐり逢い紡いで』、『過ぎ去りし想い出は』や『季節の中に埋もれて』などの曲で活発な音楽活動を行ったが、1981年(昭和56年)5月18日に脳内出血のため37歳で急逝した。

オルネラ・ヴァノーニ

今日は朝から雨、午前10時からBS日テレで「小さな村の物語イタリア」の番組で流れているカンツォーネ。
 
聞いたことのある歌、同時に高校生の頃、日本でもカンツォーネが流行り、ボビーソロの「ほほにかかる涙」をはじめ「カーザ・ビアンカ」「アンモーレ・ミオ」などを好きでよく聞いていました。
 
この歌を聴いていると、何となく胸に込み上げてくるものがあります。
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