泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

その他芸術、アート

アンティークドール5

今日はアンンテークドール5です。

人形全体に黒で陰影をつけ、背景はアクリル絵具のゴールドで決めてみました。

乾くまで待ってから次の作業に入ります。

只今の出来栄えです。

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「青年の自画像」

昨日までの「少年の肖像」、絵具が乾いてから次の作業をしたいので、しばらく休止です。

その間を次作「青年の肖像」制作開始です。

モデルにした写真はこちらです。1967年と裏面に記してあるから私が16歳の写真です。

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思い出すのが、アメリカに住んでいるペンパル(ペンフレンド)と文通してたこと。一人はメリーランド州に住む同じ年の女の子、もう一人がハンガリーから移住してきて家族とフロリダ州に住んでいる女の子。

手紙を出してから返事が来るまでに早くて2週間、どんなことが返事でくるのか?楽しみなこと。

メリーランドのペンパルの手紙は何故かいつも良い匂いがしていました。

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この写真は当時彼女らに送るために撮影した写真だったと記憶しています。

そして今日からこれをF6(41cm×31.8cm)の人形の絵をつぶした古いキャンバスに描きます。

二度と戻らない青春、長い時の経過を鉄錆イメージで背景に表現してみました。

木炭で下書きから着色ワン、ツー、今日はここまでです。

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クリムト

クリムトを見てきた影響で、書棚から古い雑誌を取り出してみた。

今は既に廃刊のようですが、1992年6月刊行の「MON ART」クリムトの生涯を紹介している。

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私は、弟子のエゴン・シーレは好きですが、風貌的にクリムトは助平そうでおぞましい画家だったのです。

ところが、最近私の頭髪もクリムトに似た形に進行中。チョット親しみを覚えて、助平そうなところがきっと似てるから、好きな画家たちに加えましょう。

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クリムトのミューズ、モデルとしてもよく登場するエミーリエ・フレーゲ

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ウィーン大学大講堂の天井画「法学」

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「ユディト」 オーストリア美術館蔵

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誰しもが知っている「接吻」 オーストリア美術館蔵

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模写画展覧会


Duplicate Pictures Exhibition  模写画展覧会
今日は、比較的若い頃に描いていた模写画から最近の近作までの模写画の映像です。

アフロディーテの像

昨日、NHK番組で「2時間で回る大英博物館」を見ました。

その中に「うずくまるアフロディーテの像」が出てきましたよ。

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こちら大英博物館は、展示されてる全てが全人類の遺産ということで、入場料は無料、寄付は受け付けますとのこと。運営費に関してはミュージアムグッズの10%があてがわれているそうです。

何とジェントルな試みなことでしょう。

鴨居玲Ⅳ

日経新聞「美の美」鴨居玲の分身たち最後の編は1982年制作の大きな絵(181.6cm×259cm)「私」

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1984年作「出を待つ(道化師)」

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最晩年の1985年作「肖像」

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私が最も魅かれる絵の一枚です。

鴨居玲Ⅲ

鴨居玲のことについて検索してたら、1977年8月号「みづゑ」に談話記事があることを知り、古書のオークションで落札入手した雑誌が手に入ったので早速に読んでみました。

彼が自殺したのが1985年9月7日ですから、7年前に美術評論家の坂崎乙郎氏との対談です。

タイトルが「自分が死ぬときを描く、これが最後のテーマです。」

ブラジルからフランス、イタリアと海外生活をしてた頃の話から始まり、坂崎氏から画家の絶筆作品に興味がある話題になり、鴨居氏が答えています。「ある日、ある夜、フッと死という事におののく時があるんです。恐怖に、なぜか知らないですが、ある瞬間でしょうけど、だから自分の滅びていく自画像でも描き続ければ、これは全くうまい方法だと思ってニヤニヤしているんですけれども、まだガンの傾向はないようです。」(笑)

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1973年作「夢候よ」

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1976年作「ダイス」

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1976年作「風船」

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1973年作「廃兵」

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豊橋の部屋

ゴッホの「アルルの部屋」をご存じでしょうか?

ゴッホが南仏アルルで過ごした部屋を描いた作品で、先回紹介したゴッホ展にも作品が出品されていました。
http://blogs.yahoo.co.jp/atoriemimiran/42985289.html

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生涯ヤドカリ生活の私ミーミーランの現在の部屋はこんなんです。
ゴッホのアルルの部屋とさして変わりませんかも、6畳二間の狭いスペースでアトリエ兼寝室と居間、ミーミーラン美術館の作品群だけでも3畳分はスペースを取りそう。

とりあえず空家に保存、ランの鉢植えが40鉢強、家具ともろもろで20日に引っ越しをしましたが、今だかたづかずの現状ですが、お気に入り絵画を壁にかけ、湿気でいたみやすい紙の作品群はエアコンのある押し入れに片づけました。

こんな部屋でしばらくは頑張るつもりです。

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藤田嗣治の新資料

今日の夕刊各紙で、私の好きな藤田嗣治に関連した下記内容の記事が取り上げられていました。

「画家・藤田嗣治さんの資料6000点を東京芸大に寄贈」」

 乳白色の裸婦などで知られ、20世紀前半のパリで活躍した画家・藤田嗣治(1886~1968年)が戦前に書いた日記や写真など約6000点の資料が、母校の東京芸大に寄贈されることが9日までに決まった。

 一昨年に亡くなった妻の君代さんが保管していたもので、相続人が「分析した上で公開してほしい」と弁護士を通じて同大に依頼していた。

 日記は30年から68年にかけて、手帳やノートなどに書かれていた。戦時中を含む41~46年のものはなかった。このほか、パリでの日常や旅行先での様子を撮影したスナップ写真や、16ミリフィルムなども含まれるという。同大は2011年度から資料の整理と詳しい分析を始める予定。

 東京芸大大学美術館の古田亮准教授(日本美術史)は「これまで一部を除き、日記のほとんどは知られていなかった。画家の肉声が書かれているので、画業の背景や生涯をたどる上で貴重な資料だ」と話している。

 藤田は1913年に渡仏後、独自の画風を確立してエコール・ド・パリの花形となった。帰国後、太平洋戦争中に戦争画を多数描いたことで戦争責任を問われ離日、フランス国籍を取得した。

世界一裕福な美術館

世界一裕福な美術館それは「J・ポール・ゲティ美術館」

大富豪J・ポール・ゲティ、1892年ミネアポリスに生まれ、23歳でみごと石油を掘りあてて百万長者に。

5回結婚5度離婚、老いてなお盛ん「英雄色を好む」の世界でしょうか?女性たちに囲まれたJ・ポール・ゲティです。

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わずかなお小遣いでオークション落札するミーミーラン美術館と違い、名画の数々が所蔵されています。
J・ポール・ゲティ美術館のホームページはこちらです。
http://www.getty.edu/museum/

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ロココ装飾の部屋やアンドレ・シャルル・プール作のキャビネット。
ルイ14世に憧れていたJ・ポール・ゲティは装飾美術も立派な美術品にたりうると考えていた。

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ゲティ財団には美術館のほかに保存研究などの研究機関、および助成金部門もある。世界各地の文化財の保存や修復、美術史研究の支援、教育プログラムの開発など、豊富な資金に裏打ちされた活動をしている。

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