泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

その他祝日、記念日、年中行事

中秋節

昨晩は中秋の名月、各地で沢山の方々がこの名月を目で、朝刊にも一面にこんな記事があります。

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中国でもこの日は祝日、そしてこの時期前から欠かせない贈り物の品が「月餅」です。

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中秋節に月を祭るときには、必ず月餅やくだものがなければならない。月餅はいつごろ生まれたのか諸説があるが、南宋の『武林旧事』(宋代・杭州の繁盛記、周密著、10巻)には、すでに「月餅」という表記が出てくる。その後、明代(1368~1644年)になると団欒の意味を表す月餅は、中秋節の供え物や民間の贈答品として形作られたようである。

南宋の時代、都があった杭州、西湖からの名月写真です。

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「訪問者10万人達成プレゼント」決定しました。

只今の時間、あと3名で訪問者数10万人達成です。

17日に達成とご応募いただいた方が1名いらっしゃったので、最後まで見守っていましたが、
残念ながら17日24時で99996名でした。

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せっかくのプレゼント企画でしたから、このプレゼント記事を掲載した日から17日までに、コメントやナイス!をくださった方々の中から2名様に私の絵をプレゼントすることに変更します。

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お寄せいただいた15名様の紙切れを、袋に入れて抽選させていただきました。

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結果は、kn172514さんと Angelicさんに決定いたしました。

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このたびは、沢山の方々のご応募、関心をお寄せいただきありがとうございました。

今後も、つたないブログですが続けてまいりますので、よろしくお願い申し上げます。

訪問者10万人達成プレゼント!

「訪問者10万人達成プレゼント!」応募締日12月16日まで延長しました。

いつも私のブログをご覧いただいてくださる訪問者数が間もなく10万人になります。

ブログを始めた当初は、0人だったり、1人、2人で・・・いつになったら先輩方のように何千、何万になるのやらと思いつつも続けて参りました。

2006年8月22日にブログを開設し、最初の記事にさかのぼってみたら、同年9月13日が初めてのブログ掲載、それから半年ほど時間がたってからぼつぼつ記事を掲載しだしました。

毎日訪問者数をチェックして、時には外部のパソコンから自分のブログにアクセスして、少しでも訪問者数の数を増やそうとしたこともありました。

最近思うことは、訪問者総数が増えると自然に毎日の訪問者数も増え、記事を掲載しない日でも結構見てくださる方々がいらっしゃって、思わず感謝したくなります。

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(額サイズ 32.5cmx26.5cm)

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(額サイズ 52.5cmx41.5cm)

ところで、今回の「訪問者数10万人達成プレゼント!」企画の内容を説明いたします。

只今から12月16日(月)午後12時(24時)までに訪問者数10万人達成日を予測して、この記事のコメント欄にご応募ください。(参考までに 現況毎日50人前後の方々が訪問されています。)

回答は12月○日とお答えください。

達成日翌日に多数の場合、抽選で2名の方に上記の私が描いた絵をプレゼントします。

当選の方には、送付先を教えていただけるよう当方のメールアドレスをゲストブック欄にお知らせいたします。(この方法をご理解いただける方に限ります。また個人の秘密情報は他に漏らさないことをお約束いたします。)

抽選の様子は達成日翌日、公平に行い映像か写真でブログ記事に発表する予定です。

この企画にご興味のある方は、お遠慮なくご応募くださいませ。(内緒応募も受け付けます。)

おひとり様2回まで応募できます。 どうぞお気軽にご挑戦ください。

ジョンの命日

       
Imagine - John Lennon
ジョンレノン・31回目の命日.
 
今日は、ジョンレノンの31回目の命日ですね。彼は 1980年12月8日、一人の熱狂的なファンに銃で撃たれ、この世を去った。享年40歳。
 
すでに彼の死から、31年が過ぎた。月日の経つのは早いものですが、こうして画像を見ていると、今でも生きているような気がします。
 
ジョン・ミーミーランは、世の中の為に何もせず彼より20年も長く生きてしまいました。
 
以前記事にしたジョン・レノンの話はこちらです。

七夕伝説

今日は七夕ですね。皆さんいかがお過ごしですか?

私ごとですが、先月から週の半分、午前中の3時間、近くの福祉介護施設で送迎のアルバイトをしております。

職員のひとりに「中国にも七夕さんはあるんですか?」と質問され、「もちろんですよ。七夕伝説のおこりは中国なんですね~。」

ところで、ずっ~と気になっていたのは、施設館内で飾られている七夕飾りの短冊の言葉。

素敵なことが沢山書かれてます。その一部を紹介しますから、温かいお心で読んでみてください。

「健康であります様」
「素敵な人になりたいなぁ~」
「いつまでも夢と希望を持って、人生最終の真理を求めよう」
「銀河を渡ってみたいな~」
「リッチになって旅行しよう」
「常に信念をもって精一杯生きていきたい」
「短冊に書くことは出来ぬ願いあり」
「いつも暖かく柔らかく、決して人を傷つけず、自己主張を貫ける人、そんな人に私はなりたい」
「みんなが楽しく暮らせるように」

どうです?皆さん達者で心もワクワクさせて生きていらっしゃる。改めて勉強させれれますミーミーランです。

ところで、肝心の織女牽牛伝説(しょくじょけんぎゅうでんせつ)はこちらです。

むかしむかし、天帝という神様が星空を支配していたころ、天の川の西の岸に、織女という天帝の娘が住んでおりました。織女は機織り(はたおり)がたいへん上手で、彼女の織った布は雲錦と呼ばれ、色も柄も美しく、丈夫で着心地も軽い、素晴らしいものでした。

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一方、天の川の東の岸には、牛飼いの青年、牽牛が住んでおりました。牽牛は、毎日、天の川で牛を洗い、おいしい草を食べさせたりと、よく牛のめんどうをみる、働き者でした。

天帝は、くる日もくる日も、働いてばかりいる娘を心配して、娘の結婚相手をさがすことにしました。そして、天の川の向こう岸に住む牽牛をみつけると、2人を引き合わせ…

「おまえたち2人は、まじめによく働く。牽牛よ、わしの娘、織女と夫婦(めおと)にならぬか?」

牽牛は恐縮したようすで

「天帝様、私のような者には、夢のようなお話しでございます。ありがたくお受けさせていただきます」

織女も、働き者の牽牛をたいへん気に入り、2人はめでたく夫婦となりました。

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ところが、一緒に暮らすようになると、2人は朝から晩まで天の川のほとりでおしゃべりばかりをしています。

これを見た天帝は

「おまえたち、そろそろ仕事をはじめたらどうだ?」

といましめますが、牽牛と織姫は

「はい、明日からやります」

と答えるばかりで、いつになっても仕事をはじめるようすがありません。

織女が布を織らなくなってしまったため、機織り機にはホコリがつもり、天界にはいつになっても新しい布が届きません。また、牽牛が世話をしていた牛たちも、やせ細って、次々に倒れてしまいました。

業を煮やした天帝はとうとう、2人を引き離し、1年に1度、7月7日の夜だけ、天の川を渡って、会うことを許しました。

今でも2人は、7月7日に会えるのを楽しみにして、天の川の両岸でまたたいているとのことです
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