NHK今日の9時のニュースで紹介の皆既月食、中継に合わせ2回外へ出て、東の空に綺麗な月の月食をスマホで撮影しましたが、肉眼ほど鮮明に写らないので諦め、今日のZorroの撮影とします。
2018年01月
今朝のメール「おめでとうございます!!あなたが落札しました。」
数日前に自分で決めた最高価格を提示して、昨晩寝る前に確認したところ、依然「あなたが現在の最高落札者です。」表示。
結果24名の落札者を抜いて自動的に自分の提示価格に100円アップされ、私の元に落ちました。
岩田専太郎といえば、挿絵画家として有名、独特の色気漂う目元、女性美に魅かれます。
挿絵画家岩田専太郎で検索すると下記の記事が出てきました。
1901年の浅草生まれだから20世紀の初年に生まれている。
1920年、19歳で挿絵画家としてデビュー。以来、73歳で死去するまで、半世紀にわたって雑誌や新聞を舞台に活躍。25歳、吉川栄治の「鳴門秘帖」(大阪毎日新聞)の挿絵で一流挿絵画家の地位をえる。
時代小説、探偵小説などあらゆるジャンルの挿絵を、時代に即した新鮮な感覚で描いた。この間、ずっと挿絵画家としてトップの地位を保った人生だった。
1920年、19歳で挿絵画家としてデビュー。以来、73歳で死去するまで、半世紀にわたって雑誌や新聞を舞台に活躍。25歳、吉川栄治の「鳴門秘帖」(大阪毎日新聞)の挿絵で一流挿絵画家の地位をえる。
時代小説、探偵小説などあらゆるジャンルの挿絵を、時代に即した新鮮な感覚で描いた。この間、ずっと挿絵画家としてトップの地位を保った人生だった。
岩田専太郎が生涯に描いた挿絵は6万枚。親友の小説家・川口松太郎は「挿絵を描くために生まれてきたような男」と評している。
浮世絵の伝統を基礎に、時代の流行を敏感にとらえ、画風を変化させていった。
大胆な遠近法、装飾的な画面構成、映画のアングルやクローズアップの手法、新しい印刷技術ん織先取りなどを採用した「専太郎調」といわれる独自のスタイルを確立した。
図案家、画家、印刷図案家、日本画家と師匠を変えながら、18歳で単身上京。
戦争で無一文になった専太郎は、俳優の長谷川一夫の居候になり、3年間を過ごす。
戦争で無一文になった専太郎は、俳優の長谷川一夫の居候になり、3年間を過ごす。
新聞、雑誌、ポスター、レコードジャケットなど夥しい作品がある。
「専太郎美人」という言葉があるほど、生涯にわたって美人女性を描き続けた。
「一日5人。3万数千人の女がいつのまにかできる」
「絵はかくもんじゃない。生まれるものだ。どんな子が生まれるか。」
「きのうは過ぎ去ってもうない。あすはまだ来ない。今日があるだけ」
「挿絵画家には椅子が用意されていない。現役であることが位置であり、第一線から下ると、座る椅子は取り上げられてしまう」
今日午前中は先週に引き続きランの展覧会を見に行ってきました。
この時期毎年東海市体育館で開催の「東海フラワーショー2018」へ、開館の午前10時前に現地に到着、先着500名に鉢植えのパンジーをプレゼントの列に並びゲット、早速会場へ入場。
即売会場も広く、市販価格よりも安価で売られています。
もっぱら多い種類はシンビジュームですが、今日はカトレアの鉢も見つけ1鉢1800円の大輪を購入しました。
それがこちらです。
昨日のブログ記事のカトレアと一緒に並べてみなした、
先週土曜日、岡崎ラン展で購入してきたカトレア・ミカワ・ウイングス、昨日から花弁が開きだし、今朝は見事に咲きました。
今日も外はちらちら白いものが舞いだす寒い一日の始まりですが、室内は23度の暖かさ、こんな日は外に出る気がしません。
只今、中島義行画伯の絵を落札しました。
どうしてもマイコレクションに加えたい画家の作品、出身が同郷で、過去ご本人にも何度かお目にかかっているので、個人的に惚れ込んでいる画家です。
かなりの数収集しました。
タイトル「コジエスカの衣装」 サイズF10号
掲載写真は出品者の写真をお借りしました。
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