泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

2009年05月

只今、制作中(38)「リッタの聖母」

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今日、午前2時に突然目が覚める。昨日描いてた「リッタの聖母子」、陰影がうまく処理できず、肌色のくすみが汚くて、苦心惨憺。

夢で、こんな描き方をしたらどうだろうかとお告げに似たアドバイスがあり、早速1時間ほど筆を取った。

午前中から今まで、聖母の顔と頭部を描いてました。

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絵具が乾いてから、金糸の模様や髪の毛のハイライト部分に手を加えれば、かなりよくなるかな・・。

只今、制作中(37)「リッタの聖母」

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今日は、「リッタの聖母子」を描いております。

現状、ここまで出来ましたが、まだ完成までは時間がかあります。

いつものことながら、苦戦状態が続いており、つくづく巨匠たちの名画の難しさを思い知らされております。

只今、制作中(36)「大公の聖母」

今日は午後からラファエロ作「大公の聖母」に手を加えていました。現状の出来はまだ40%位でしょうか。完成までにはまだまだ時間がかかりそうです。

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ところで、この「大公の聖母」の資料を読んでいるとこんなことが書いてある。

この絵はもともと円形画として構想されていたことが、残っている準備素描画から分かる。しかも素描では背後に風景を表す線が認められ、そのため本図においても当初は風景が描かれ、のちの19世紀になってから現在のように暗く塗りつぶされたとみる説もあるが、縦長の画面形式や人物とそれの比率、いや何よりも画面が扱う表現性、その崇高静謐(せいひつ)な効果は現状以外のありようを想像させない。

聖幼児をこのようにかたわらに抱き(左腕に幼児キリストを抱く聖母子像)、正面を向いて立つ聖母の形式は、伝統を反映しているのかもしれない。

さらに聖母子ともに眼差しを下方に伏せることによって、母と子の親愛感を充分に示しながらも新しい優美、清澄、崇高を獲得した。自身のものである純粋な創造物に転化させたわけである。

卵型の顔がこれほど完結性と気品を帯びたことはないだろう。

以上、「世界美術大全集 イタリア・ルネサンス2」(著者 佐々木英也)より

只今、制作中(35)「シモネッタの肖像」

今日はほとんどの時間、ボッティチェリ作「シモネッタの肖像」を描いてました。現在の状況はご覧の通りで、
70%位の出来でしょうか。

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ところで、このシモネッタにまつわる話題が、書籍にいろいろ書いてあるので参考までに記事にします。

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「美しきシモネッタ」ジュルアーノ・メディチの恋人で、詩人ポリツィアーノにも謳われた絶世の美女。マルコ・ヴェスプッチの妻。日本にあるただ一つのボッテキチェリの絵。東京・丸紅株式会社蔵と「ボッティチェリの都フィレンツェ」(佐藤幸三著)に紹介されている。

一方、作品所蔵の丸紅の作品紹介では下記のように紹介されている。

この作品のモデルと伝えられるシモネッタ・ヴェスプッチは1475年にロレンツォ・ディ・メディチ主催の「大騎馬試合」で美の女王に選ばれた絶世の美女で、同試合の勝利者となったロレンツォの弟ジュリアーノの恋人と噂されましたが、胸の病で1476年に22歳の若さで夭折しました。彼女の美しさと、ジュリアーノとの恋物語はポリツィアーノやボッティチェリやピエロ・ディ・コシモなど多くの詩人や画家の想像力を刺激しました。ボッティチェリの傑作「春」や「ヴィーナスの誕生」も彼女をモデルにしているといわれています。

いずれにしても綺麗なものは「綺麗」で作品を眺めてみたいものだが、きっと誰の目にも触れず、どこかの金庫の中で拉致されていることでしょう。

名画は人の目に触れて幸せというもの、調べて見ればこの丸紅さん、1974年にパレスアート社という美術専門に扱う子会社を設立、エコール・ド・パリ、印象派の作品を数多く収集したそうだが、1979年の第2オイルショックで、そのほとんどを清算してしまったそうです。

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この絵も少し面影が違いますが、ボッティチェリ作のシモネッタの肖像です。ただし、今では違うモデルだという説も称えられているが、どちらか決め手はない。フィレンツェ、パラティーナ美術館蔵。

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この絵もやはり「シモネッタ」 ボッティチェリはシモネッタの肖像を2~3点描いたという。この絵はボッティチェリの下絵をもとに弟子たちが描いたといわれている。フランクフルト、シュテーデル美術館蔵。

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こちらは「シモメッタ・ヴェスプッチ」 オリエント風の雰囲気をたたえた絵で、かつてはクレオパトラの肖像といわれたこともあるが、ヴェスプッチ家旧蔵であったためモデルはシモネッタとされている。

作者のピエロ・ディ・コジモは、ボッティチェリより17歳年下のフィレンツェ人で、シモネッタ逝去のときはまだ14歳ぐらい。のち世上に語り継がれた美貌のシモネッタを想像で描いたのであろう。シャンティ、ゴンデ美術館蔵。

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そして最後は「シモネッタ・ヴェスプッチのスケッチ」 多くの研究者がレオンルド・ダ・ヴィンチ作と認定している作品。一部の美術史家はロレンツォ・ディ・クレディ作としている。ウフィッツィ美術館蔵。

只今、制作中(34)「リッタの聖母」

最後に「リッタの聖母子」こちらの制作は、ここまで進みました。

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この作品1490年作、解説にはこう記されています。

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ミラノのヴィスコンティ家が所有し、リッタ侯爵からロシア皇帝アレクセイ3世に買われてエルミタージュに移った。

こにときカンヴァスから板に移されて傷みがはなはだしい。そのためか、マティエールが平板で、レオナルドの仕上げの微妙さを欠いており、多くの学者によって弟子のボルトラッフィオの作ではないかと考えられてきた。

ただ、ルーヴルにある美しいプロフィル(下の写真)がこの女性の習作であることは疑いない。

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おそらくレオナルドの下絵を参考に弟子が完成させたと言われている。何故なら、窓の外に広がる青空もきわめて美しいが、レオナルドの複雑な明暗を欠いている。ビザンティン的な荘厳と静けさをもつこの図柄は、複雑な明暗のかげりとともにある永遠記念的な静けさをもっており、きわめて高貴な聖母子像となっている。

ただ、ファクチュールの固さとレオナルド独自のスフマートの柔らかさを欠いていることが、弟子の仲介を想像させる。残った問題は、レオナルドがどの程度この作品の仕上げに関与していた、どうかということであろう。
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