泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

2009年03月

いい夫婦・・・モディリアーニ

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「いい夫婦・・・モディリアーニ」と題した、このアメデオ・モディリアーニ(1884年7月12日生れ)とジャンヌ・エビュテルヌは、1916年12月30日出会い、その時に描いたスケッチが残されている。

その翌年に同棲生活を始め、1918年11月29日に南仏ニースで長女が誕生している。正式に結婚、入籍関係だったかはともかく、モディリアーニが35歳の若さで結核性脳膜炎のため死去するまでの約3年半の夫婦生活。

彼が病死の2日後の早朝5時頃、妊娠8ヶ月だったジャンヌは実家のアパルトマンの窓から身を投げた。(享年21歳)余りにもはかない彼女の一生。

映画「モンパルナスの灯」では、ハンサムで定評のモディリアーニをジェラール・フィリップが演じ、ストーリーはご存知の方も多いのではないかと思いますが、私は「画家のいい夫婦関係」として今日のブログに掲載いたします。

モディリアーニはジャンヌと知り合う前にイギリスの詩人ベアトリス・ヘイスティングスと同棲生活しており、元来病弱な体質にも関わらず、酒と麻薬におぼれた退廃的な生活が、芸術家の生き様として同情を呼んでいるところもみられる。

女性遍歴が多いようにも思われているが、私は案外「真面目な男」と共感します。ヌードの絵画も多くあるので、女性にふしだらな男と思われがちだが、本(モディリアーニの恋人 新潮社発行)にはこんな記載がある。

★ヌードデッサンは絵画修業の基礎ですから、フィレンツェの教室でもやっているんですが、油絵として描くのは1916年から。

この年に知りあった画商のズボロフスキーが、肖像画ばかり描いていたモディリアーニを裸婦の連作で売り出そうとしたんですね。

彼は基本的に恋人の裸は描かないとされていて、しかしプロのモデルを雇う余裕はなかった。そこで、ズボロフスキーが用意したモデル(娼婦)を、非常な集中力をもって描くんです。★

モディリアーニの時代、表現の自由称しても、陰毛のある絵画を公の場で展示されるのは、ワイセツ物扱い。個展会場で警察の目を引いてしまい、取り外しを命じられたりされる時代のことで、おおかたこんなモデルを描いていた彼を、女たらし風にイメージされたのだろう。

モディリアーニが愛しいジャンヌを描いた絵画をご覧いただくと、彼の深い愛情を感じるのではないでしょうか。
最後に、ジャンヌがモディリアーニを思っての後追い自殺に触れないわけにはいかない。
いまどき流行らないかもしれないが、愛情表現に命をかけてまでも・・・。
彼の死後、後追い自殺したジャンヌの気持ちはどれほどの想いだったのか。本文には「妊娠中にはやや嫉妬深くなったようだ」とも記されている。

只今、制作中(20)「モナ・リザ」

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昨日に引き続き「モナ・リザ」の模写制作中です。
 
ようやく全体の荒塗りが出来ました。

実はこれからが大変で、いよいよ緻密な作業に入る訳です。

たぶんこれからが今までの2倍位は時間がかかりそう。

いずれにしても完成を目指して・・・。        

また、途中報告をさせていただきます。

只今、制作中(19)「モナ・リザ」

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モナ・リザの模写状況、今朝、私のブログを携帯で見てくれているある人から「モナ・リザ順調に進んでる?」と聞かれ、「まあ、順調ですよ」と答えておきました。

今日も少し手を加えましたが、只今WBCのテレビ放映終わって1対0で韓国戦に負け、「アーアー、残念」

話はブログに戻します。少しづつですが進行してます。15世紀の時代に当のレオナルドがどんなタッチで描いていたの解りませんが、私レオナルド・ミーミーランはこんな方法で「モナ・リザ」を制作中です。

リアルタイムでブログ記事制作です。

関の宿・月ヶ瀬梅渓・長谷寺

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今日は、下の娘に誘われて奈良の月ヶ瀬梅渓へ早朝から出かけました。

久しぶりの遠出のドライブ、途中朝マックで朝食を済ませ、目的地へ行く前に東海道53次、47番目の宿場町である三重県関の宿を訪れました。

まるで江戸時代の宿場町にタイムスリップしたような町並みに出会います。えんえんと格子戸の家並みや白壁の館があり、電柱などが全くなく、道路も土色のアスファルトでなかなか良く保存修復に力を入れている住民の粋な計らいに、拍手を送りたい気持ちになりました。

そして、目的地の奈良市月ヶ瀬へ。

月ヶ瀬梅渓「梅まつり」の旗が各所に沢山立ててある。ここは全国屈指の景観地だそうで、1万本もの梅林が月ヶ瀬を埋め尽くしているそうで、案内書に詳しく下記のようなことが説明してある。

☆名勝「月ヶ瀬梅林」とは

大正11年に名勝指定を受けた月ヶ瀬梅林は、名張川をはさんで両岸に梅林が広がり、V字渓谷と梅林が融和した梅渓が、早春の梅の香りとともに観光客を魅了する。毎年二月中旬中頃から三月末にかけて梅まつりが開催され、多くの観光客が訪れます。

☆月ヶ瀬梅林のはじまり

月ヶ瀬梅林は、今から八百年ほど前の1205(元久2)年に菅原道真を尾山の産土神として、真福寺境内に祭祀して天神社と呼び、その神霊を慰める意味で道真の好んだ梅樹を植栽したことがはじまりと言われている。これは口伝であるが、実際に月ヶ瀬で一番の古木として文化財に指定されている「桃仙の梅」は、樹齢六百年と査定されています。

今日も午前11時頃には、周辺の駐車場はすぐに満車状態、多くの人出でしたが、肝心の梅の開花はまだ7分程度でしょうか?地元の方に伺うと、「来週の土日がピークになるんじゃないの」と言う返事。

次に少し南下して長谷寺へ行きました。

花の御寺として知られる奈良県桜井市の総本山長谷寺、とりわけ4月下旬から5月中旬にかけては牡丹の花が見事とのこと。長い長い登廊を上り、本堂の巨大な十一面観世音菩薩様にお参り。

最後に湯の山温泉のホテルの露天風呂に1時間程浸かって疲れをとり帰ってまいりました。

卒業生の送別会

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先程まで、私が現在管理している男子学生寮で、今年の卒業生を送る送別会を開いておりました。

ここの学生寮の管理人をしだして丸4年、学生の方から卒業式前の6日の夕食時に、パーティーをしたいと要請があり快く引き受けました。

今年の卒業生に関しては、今までの学生たちとはなんとなく思い入れが最初から違い、今まで何度か真剣に叱り飛ばしたりもしましたが、素直に反応してきた学生たちでした。

パーティーの最中に、今日までの寮内での思い出のスナップ写真を、音楽に合わせてビデオ映像で見せてくれたりして、卒業生や私にとっては良い思い出に、残寮生にとっては懐かし先輩達との交流の思い出がよみがえり、いい雰囲気で時間が過ぎてまいりました。

また、卒業記念アルバムを持ってきた学生には、心を込め筆書きで教訓を書き添えたりもしました。

今日の主役は卒業生たち、お別れに卒業生それぞれ一人づつに心からの思い出と将来へのエールをメッセージに話し、長々とした私からの最後の言葉を終えました。

最後に卒業生一同から私に、2年間の感謝の気持ちで、花束と添え書きの色紙、去年のクリスマスパーティーで撮影した記念写真の贈呈で、私を喜ばせてくれ感激しました。

このお返しに、卒業生一同を前に、私の彼ら一同の将来の祝福を願っての三三七拍子の音頭で締めくくり、2次会でさらに今日の経過がビデオで流され、良い思いでの余韻を持って閉会したところです。

おもしろ美術展?

今、関連記事の中からThe New York Times紙のビデオ覧に面白い映像があったので、紹介いたします。

下のURLをクリックしてARTSをご覧下さい。

http://graphics8.nytimes.com/bcvideo/1.0/iframe/bcHomeIframe.html?z=0&playlistId=1194811622188

只今、制作中(18)「モナ・リザ」

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只今のモナ・リザ模写制作状況は、こんなんです。(昔、「こんなん出ましたけど~」と言う占い師が居ましたね。全然関係ないですが・・・。)

さて、今日も新たな発見が・・・。
私は、おそらく人並みに手先が器用な方だと思っておりますが、これが時々災いすることがあります。

制作過程で失敗を恐れ、細い毛先の筆を使ってチマチマと描くことが多く、迫力のない絵になってしまう。、今日、豚毛の大筆で大胆に背景の空を塗ってみたら、意外な効果が表れてきた。描きながらストレスも解消できる感じが良い。

考えてみれば、レオナルドが制作していた16世紀には、今あるようなナイロンの柔らかい毛先の筆などなかっただろう。

それにレオナルドの自画像の顔つき、口元から想像するに、かなり大胆で男らしい迫力のある顔つき、口元は頑固そうな性格を感じます。

それに性格が比例していれば結構、勢いのある筆使いで描いていた可能性もある。

同時代のラファエロなどは、自画像からのお解りのように、弱々しく病弱で神経質気味(37歳で死去)。

彼の絵は色彩的には明るく聖母子像の優しいまなざしの表現など、ずば抜けているが、レオナルドに比べればどこか弱い感じがします。

二人の画家の模写をしていてこれも自分なりに理解していること、こんな発見や楽しみ方も模写しているとあります。

[参考に、レオナルド(上)とラファエロ(下)それぞれの自画像も掲載しておきます。] 

雀の小話

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今日は朝晩毎日集まってくる雀たちの話をします。

2年程前から炊飯器にこびりついた残飯を、雀たちに与えております。最初は数羽だったのが、雀ネットで輪が広まり今は毎日50羽以上が集まってきます。

朝着替えをしていると、部屋の前のガレージのビニールトタンの上で、コツコツと音をたてチッチッと食事の催促です。

こんなになついてきた可愛い雀たちにも、いろいろな性格があります。度胸の良い1、2羽がこの催促係、そして最も可愛いのがわがままな口移しでしか食べない雀。

この雀、絶対自ら餌を取らずお兄ちゃんかお姉ちゃんから口移しでしか食べません。
わがままな性格は誰かさんそっくりで、親近感を持ちます。

中には、餌をくわえて群れから離れたところで食べる小心な孤独を愛する雀などなど。

山鳩夫婦も2組来て、雀たちと喧嘩することなく仲良しですが、最近モズが4、5羽来るようになり、ちょっと悪い雰囲気。モズは縄張りを主張するのか、他の鳥たちを追い払い、餌をつつきます。

一番人見知りしないのが黒白鮮やかで綺麗なセキレイ、シッポを上下にゆらしながら食べています。

スズメや他の鳥たちはまだまだ警戒心が強くて、近づくとパッと飛び立ってしまいますが、セキレイは人が近づいても逃げません。

私が休みの日曜日も、朝からチッチッと食事の催促、仕方がないので生米を与えてやります。

写真は、今朝撮った小鳥たち、餌を待つ雀たちに始まり、他の種類の鳥たちが来ると、それぞれに微妙な位置関係が生まれ観察しいて面白いです。

今日は、こんな友達たちの紹介「雀の小話」でした。

只今、制作中(17)「モナ・リザ」

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モナ・リザの模写、いよいよ彩色に入りましたが、ここでいつもの麻布キャンバスに描く調子とは、ぜんぜん違うことをメモっておきます。

先回レオナルド作「岩窟の聖母」の部分画を、板に初めて模写した時にも気が付いたが、板が絵具を吸収してしまう感じです。この制作の際は、以前の書き損じた絵をジェッソで白く塗りつぶしてホワイトの下地塗りをした上に、描きだしたのだがキャンバスに描くのとは、まるで違う感じを覚えた。

今回のモナ・リザは下地塗り無しで、直に合板パネルにいきなり描いたからなおさらのこと、絵具が描いた直後板に吸収されていくのが見てとれる。

油で溶いた絵具は、まるで水彩画を描いているのと同じ。薄く溶きすぎれば、にじむ現象まで現れる。チューブから取り出したままの絵具を塗っても今度はのびがない。描きづらく筆はすぐに毛先ガボロボロになる。

しかもキャンバスなら画面上で色を混ぜることも出来るが、塗った絵具がすぐに吸収されて、これが出来ない。したがって筆を使って厚塗り状態にするには、何度も根気よく塗り重ねるしか仕方がない。

解説書には、レオナルドの技法は、何度も何度も絵具を塗り重ねて描いたと記されているが、実際に板に描いてみると解るが、そうせざるを得ない画材である。

昨日一日でようやくここまでの出来上がり、ブログを見ていただいている皆様、完成までには気を長くしてお待ちください。

(最後に昨日の回答  5人ばやしの右端)

ひな祭り

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♪♪ あかりをつけましょ ぼんぼりに

     お花をあげましょ 桃の花

     五人ばやしの 笛太鼓
  
     今日はたのしい ひな祭り  ♪♪


「うれしいひな祭り」の歌につられて、出てきました。

セピア色のミーミーランが幼稚園児の時の写真が・・・。

1957年3月3日の記録が、さてさて私は何処でしょう?

( 答えは明日のブログを見てね。)
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