泰西名画模写画とオリジナル絵画、コレクションの作品紹介

10年以上続けてきたヤフーブログから移行してきました。 画家になりたいという、若い頃からの夢をかなえたくて、独学で模写から勉強しています。 また、好きな人物画を主に、有名無名を問わず気に入った絵画収集にも努めています。 他にも日々お出かけの日常などを紹介しています。

2008年09月

オリジナル絵画

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今日も1983年作、今思うとこの頃が一番やる気があったのかも?

この年代の作品がゴロゴロ出てきた。

私は32才、あるフランチャイズ本部の開発担当を離れ、別会社の設立責任者として、

ある新製品の販売代理店を任された。この時は新製品の売り込みで、代理エリアの各地を

訪れ商社や卸売企業を訪問したり展示会での商品紹介に明け暮れ、出張も多い時期でした。

飲み屋で「絵が好きで絵を描いてます。」と話しても誰も信じてくれない。

「ウソでしょ~、銀行員か普通の会社員でしょう。」としか言われなくなって、

妙に寂しく感じていました。「やはり、絵描きは諦めるしかないか・・・。」

オリジナル絵画

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1982年(私21才)の作品です。

この頃は、4畳半一間の下宿生活。昼間は画材屋で働き、

夜はこの画材屋が経営するNアートスクールに通った。

当時、画材屋での給料が月2万円位で安かったが、

社員の特典として、Nアートスクールの授業料が無料である。

当然こんな環境だから、私と似た志の仲間がすぐに出来た。

画材屋では、画家さんから画材の注文を受け届けたり、

小売店へ画材を卸売する営業の仕事に在りついた。

普段、滅多に他人には出入りさせない聖域のアトリエへ、

仕事柄自由に出入りできる事が、何よりの楽しみで、

当時画壇の大御所のアトリエへも注文があると、

絵具やキャンバスを届けに行くのです。

時には奥様からお茶を頂いて、先生と話が出来る事が

ただただ嬉しくて、「いつか、オレもこうなるぞ~。」と

大きな夢を膨らませていた時期でした。

オリジナル絵画

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今日は再び「西洋人形シリーズ」に戻します。

私生活は、娘が二人出来てごくごく一般的なサラリーマン家庭の典型だったでしょうか?

さして波乱もなく、娘も9才と7才でしたから小学低学年。この頃の一番の思い出は、

休日の朝は、自転車で栄(名古屋中心部)のマックへ娘二人を連れてモーニング。

その後、車で平和公園へ行き、空き地でローラースケートをしたり、必ずどこかへドライブ

するということが、楽しい事でもあった。

オリジナル絵画

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いずれも1972年の作品です。私21才の時でこの後、暫く絵が描けない生活が続く。

なぜなら、翌年から私生活に大きな変化を控えていたのである。

私22才で、8才年上の姉さん女房と一緒になり、これまでの4畳半の下宿生活から

6畳二間のアパート生活に移転。当時流行っていた、かぐや姫の「神田川」の詩そのもの

の暮らしを始めたのです。何よりも生活費を得ることが第一で、レジスターの営業マンとして、

夜遅くまで働く毎日で、とうとう絵描きの夢は断絶。早くに家庭が築けた喜びと裏腹に

絵を描く夢を捨る寂しさを背負った複雑な毎日を過ごす羽目になる。

これから10年位して、少し描く余裕が出てきた作品が、昨日紹介している人形たちです。

オリジナル絵画

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今日からしばらくの間、「西洋人形シリーズ」で紹介していきます。

これらは1983年、私が32才の時に描いていたものです。

この頃は、あるフランチャイズ本部の営業開発の仕事をしていまして、

絵の方は、もちろん余技で休暇の時くらいしか描いておりませんでした。
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